人間に対する冷徹さと温かさどちらも感じる作品
今回の公演は、キャスト全員をオーディションで選出するフルオーディション企画の第8弾となります。小川さんが新国立劇場演劇部門の芸術監督に就任されてから取り組まれている企画ですが、立ち上げた想いを聞かせていただけますか?
小川さん:純粋に作品や新国立劇場に興味を持ってくださる方に、広く参加していただきたいという思いで始めました。これまで本当にたくさんの方にオーディションを受けていただき、一つ一つの出会いが劇場にとって大きな財産になっていると思います。たくさんの方が関わってくださったからこそ8年目まで続けてこられたので、企画を考えた身としてこんなにありがたいことはないと思っています。
本企画の演出を小川さん自身が務めるのは今回が初と伺っています。
小川さん:そうなんです。これまではこの企画に興味を持ってくださる演出家の方々に参加していただくことを優先してきました。芸術監督の任期としては今シーズンが最後ですし、自分でも演出をやりたいとは思っていたので、今回実現できてとても嬉しいです。
思い入れのある企画だったのですね。続いて、今回の作品『エンドゲーム』についても伺いたいのですが、どのような作品かご紹介いただけますか?
小川さん:サミュエル・ベケットという不条理劇を代表する作家が書いた作品で、1957年に初演されて以来、今も世界中で上演されています。世界が終わりへと向かっていく中で、4人の登場人物たちがお互いに関わりながら、一人ひとりが残された時間を生きていく、というお話です。ベケットの人間に対して冷徹でありながら、どこか温かな視点を持って描かれている作品だと思います。
ベケットの代表作である『ゴドーを待ちながら』*3という作品と、世界観が通じるところもあり、表裏一体のような物語です。『ゴドーを待ちながら』を観たことがある方や、ベケットにご興味のある方、そして初めてベケットに触れてみたいという方にも、足を運んでいただけたら嬉しいです。

解釈の仕方にも楽しみ方にも決まりはない
近江谷さん、中山さんから、お二人それぞれの役柄についてご紹介いただけますか?
近江谷さん:僕が演じるハムという役は、目が見えず足も動かなくて、キャスター付きの肘掛椅子に座りっぱなし。求ちゃん(中山求一郎さん)演じるクロヴがいないと何もできません。終わりが近い世界で、シェルターのようなところに住み、もう死んでいくのを待つしかない。そんな状況でも、ハムは一人芝居のようなことをしたりクロヴと会話をしたり、彼なりに楽しもうとしているように見えます。そんなハムの様子を観てお客様にも一緒に楽しんでもらえる時間は必ずあると思っています。
中山さん:僕はクロヴという役を演じます。クロヴは足が不自由で、近江谷さん演じるハムに仕えているようなんですが、ちょっとそれだけではなさそうで。
近江谷さん:そう、もしかしたら親子なのかもしれないとかね。
中山さん:そうですね、ハムの息子なのかもしれないとか、主従関係以外にも何かしら関係があるような描かれ方をしているキャラクターです。

本作のこんなところに注目すると楽しめるというポイントはありますか?
近江谷さん:お堅い話だと身構えずに、純粋に登場人物たちの言動を面白がる気持ちで観ていただきたいです。素直な気持ちで観てくれるお客様の目を離させない演技を僕たちがすれば、飽きずに楽しんでいただける作品になるという確信を持って臨んでいます。
僕はそもそも「不条理劇って難しそう」と遠ざけてきたほうだったんですが、台本を繰り返し読んでいるうちに、実はエンターテインメント性がある作品なのではと感じるようになってきました。「こういう解釈をしないといけない」という決まりがあるわけではないので、不条理の中にある答えを自分なりに探すのも楽しみ方の一つですし、分からないことを面白がってみてもいいですし。そう考えると、幅広い楽しみ方があると思います。

中山さん:ハムとクロヴの会話も何を話しているのか分かりづらいかもしれませんが、実はじゃれ合っているだけとか、拗ねたり怒ったりしているだけだったりするところもありますよね。
近江谷さん:うん、そうだね。
中山さん:なので、観客の皆さんも共感できたり自分の立場に置き換えて考えたりできる部分はあると思います。クロヴは特に感情移入しやすいキャラクターだと思うので、僕がどういう態度を取っているか注目してもらえると観やすいかもしれません。
この作品も、小川さんがおっしゃった『ゴドーを待ちながら』も、初演された当時は絶賛評と酷評の両極端だったそうです。それだけ色々な見方が許容されている作品なので、気楽に見に来ていただければと思います。

分からないことも楽しめるのが不条理劇
不条理劇を初めて観るお客様もいらっしゃると思いますが、皆さんの考える不条理劇とはどういうものか、その魅力を教えていただけますか?
近江谷さん:形を整えられずに目の前に出されたものを「これはなんだろう?」と想像しながら見る楽しさがあると思います。早押しクイズでよくあると思うんですが、モザイクのような粗い写真から段々と綺麗な写真になっていくのを見て、何が写っているか早押しで当てるという。あのクイズに似ているところがあるような気がしています。
1980年代に小劇場ブームといわれる時代があったんですが、その頃は分かりにくいものをどう解釈するかが重要とされる風潮があり、劇作家もあえて分かりやすいものを描かなかったんです。流行は繰り返すといわれるので、分かりにくいものが楽しいと思われる時代がまたやってくる可能性もあるのではないかと考えています。今の若い世代の人たちが観て「何だかワクワクするな」と思ってくれたらいいですね。
中山さん:そうですね、近江谷さんのおっしゃる通りで、分からないことを楽しめるというのはあると思います。分かりやすく筋が通っている物語は、その分ある一つの見方しかできない場合もありますが、分からないものは色々な見方ができます。多様な視点が許されるというのも、精神的な豊かさにつながるのではないでしょうか。分かりやすさが重視される今の社会で、分かりにくさを楽しむのは劇場だからこそできる体験の一つなのかもしれません。今回の作品でもその体験から何か発見してもらえたらと思います。
小川さん:不条理劇は、物語全体を通して分かりやすい起承転結があるわけではないのですが、一つ一つの瞬間を観たときに全然分からないということはないはずです。瞬間瞬間を積み上げていった先に何を受け取っていただけるかは、お客様ごとに違って、カラフルであるといいなと思います。とはいえ、もちろん演出家として作品の意図を伝えるべき部分もあるので、ただ難しかったと思われないように作っていきたいです。

演劇は全身で体感するもの
皆さんの印象に残っている観劇のエピソードはありますか?
近江谷さん:思い出すのに時間がかかりそうだから、若い人から答えてもらったほうがいいかもしれないですね(笑)求ちゃんはどう?
中山さん:そうですね…僕の母親が俳優の山本耕史さんのことが好きだったので、よく舞台を観に連れて行ってくれました。僕自身が演劇を始めた大学生の頃の観劇体験で印象に残っているのは『ろくでなし啄木』という作品です。藤原竜也さんと中村勘九郎さん(当時は中村勘太郎さん)と吹石一恵さんの三人芝居でした。テレビで見たことがある人が目の前にいるという驚きもありつつ、目で見て耳で聞いて匂いまで感じられて、全身で体感できるのが演劇なんだと感じました。
それから小劇場の演劇も観に行くようになって、とんでもないことをやっている人たちがいるんだと衝撃を受けました(笑)でも、これって実は自分の奥底にある暗い気持ちとか人に話せなかった思いを、代わりに見せたり喋ったりしてくれているんじゃないかと感じて。そういうことができる演劇を僕も続けていきたいと思うようになりました。
小川さん:中山さんのヒストリーを感じますね。次は、私の方が若いので…(笑)
近江谷さん:どうぞ(笑)
小川さん:私も祖母や大叔母が舞台好きで、色々と連れて行ってもらった記憶があります。特に心に残っているのは、美輪明宏さんが出演されていた『黒蜥蜴(くろとかげ)』です。私が10代になったくらいの時、祖母が連れて行ってくれました。美輪さんが登場した瞬間に空気がガラッと変わるというか、一気に引き込まれるような体感に魅了されたんですよね。その空気の中に一緒にいられることが生の舞台の魅力だと今も思っています。
近江谷さん:役者になりたいと思いながら仙台の大学に通っていた時に、東京に出てきて何か舞台を観ようと思って、雑誌の「ぴあ」*4を眺めていたら、目に付いたのが『ゴジラ』*5というタイトルの舞台でした。「どんな作品なんだろう?」と思って観に行ったんですが、後に岸田國士戯曲賞を取るくらいの名作だったんです。こんなに面白いものがあるんだと衝撃を受け、小劇場の道に進もうと決めるきっかけになりました。あの時観た作品が『ゴジラ』で本当によかったと思っています。今回『エンドゲーム』を観に来てくださるお客様にも、そう思ってもらえたら嬉しいですね。
小川さん・中山さん:そうですね!
近江谷さん:そのために頑張りましょう!
プロフィール

小川 絵梨子(おがわ えりこ)
2004年、ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生。18年9月より新国立劇場の演劇芸術監督に就任。 近年の演出作品に『エクウス』『ヴォイツェック』『ART』『おやすみ、お母さん』『管理人/THE CARETAKER』『ダウト~疑いについての寓話』『検察側の証人』『ほんとうのハウンド警部』『死と乙女』『熱帯樹』『出口なし』『FUN HOME』『死の舞踏/令嬢ジュリー』『RED』など。 新国立劇場では『ピローマン』『デカローグ』『レオポルトシュタット』『アンチポデス』『キネマの天地』『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『東京ローズ』『かもめ』『ウィンズロウ・ボーイ』の翻訳も手掛けた。
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近江谷 太朗(おうみや たろう)
劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)研究所を経て、1989年に演劇集団キャラメルボックスへ入団。主力メンバーとして2002年の退団まで所属した。これまでの主な出演に、映画『リブートメン一眠らぬ街のコンカフェ探偵一』『威風堂々~奨学金って言い方やめてもらっていいですか?~』『オジキタザワ』、テレビドラマ『大追跡〜警視庁SSBC強行犯係〜』『プライベートバンカー』『モンスタ一』、コンサート『角松敏生 Performance 2024 “C.U.M” vol.1』などがある。
【主な舞台】『生きないーケシの花に囲まれてー』『ミスター・ムーンライト』『絡み合う正義』『フートボールの時間』『更地 SELECT〜SAKURA Ⅶ』『幸福論』『恥ずかしくない人生』『キョウカイセン』『誰かが彼女を知っている』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『照くん、カミってる!~宇曾月家の一族殺人事件〜』『陽だまりの樹』『あたっくNO.1』『エール!』『東京少年少女』『フィクション』『熱海殺人事件~友よ、いま君は風に吹かれて~』など。
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中山 求一郎(なかやま きゅういちろう)
大学在学中、映画『恋人たち』のワークショップ・オーディションを受け、2015年に同作でデビュー。以降、舞台や映像作品など幅広く活動している。これまでの主な出演に映画『蟲』『愛に乱暴』『あんのこと』、テレビドラマ『シナントロープ』『異人アンドロ氏』『花咲舞が黙ってない』『厨房のありす』などがある。
【主な舞台】『勝手に唾が出てくる甘さ』『センスセンスセンス・オブ・ワンダー』『ドードーが落下する』『らんぼうものめ』『話してくれ、雨のように』『裏切りの街』『ワクチンの夜』『ダニーと紺碧の海』『ルーツ』など。
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■取材・文:すずき もえ
公演情報

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