「人間の美しさと生々しさを感じてほしい」客席も舞台の一員になる体験を(二兎社公演49『狩場の悲劇』劇作家・演出家:永井愛さん)

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2025年11月、歴史的劇作家チェーホフの小説原作の『狩場の悲劇』が上演されます。今回は二兎社の主宰で劇作家・演出家の永井愛さんに、原作の魅力や初心者におすすめの観方を伺いました!

『狩場の悲劇』あらすじ

1880年のロシア。モスクワのある新聞社に、セルゲイ(溝端淳平)という元予審判事が「狩場の悲劇」という自作の小説を持ち込む。それは、彼が実人生で遭遇した殺人事件を題材にしたもので、オーレニカ(門脇麦)という森番の娘とセルゲイ、知人の伯爵、伯爵邸の管理人が四つ巴に絡んだ愛憎劇。 小説を編集長に預けたセルゲイは、掲載の可否を聞くため、三か月後にまた現れた。「僕の小説には、どんな判決が下されましたか?」  まだ読んでいないと追い返そうとする編集長。だがセルゲイは勝手に小説を語り始めてしまい―――真夜中の編集室で「狩場の悲劇」が展開される。

「チェーホフらしさ」は俗まみれの笑いのなかにある美しさ

今回の『狩場の悲劇』は、ロシアの作家チェーホフの小説が原作となっています。永井さんは原作をアレンジする際に、どのような部分を大切にしていらっしゃいますか?

チェーホフの喜劇性は大切にしたいですね。彼は、人権が保障されていない専制政治の時代を生きながらも、人間がひどい扱いを受けるのを放っておけない、深い倫理観を持った人でした。そんな彼が作品に多く描いたのは、人間の“俗っぽさ”。真面目な登場人物の中にも、どこか俗っぽく滑稽な部分があり、それが際立つように書いているんです。私も、その“おかしさ”を損なわないようにしなければと思います。

物語の中には、性格の悪い登場人物もたくさん出てきますが、そうした俗にまみれた世界の中に、ふと非常に美しい瞬間が立ち上がることがあります。俗があるからこそ、その美しい瞬間がいっそう輝く。チェーホフは、人間にとって本当に大切な、聖なるものを描こうとしていたのだと思います。私も、そのコントラストを大事にしながら、「チェーホフが許してくれるだろうか」と自問しつつ、台本を書いています。

今回の物語では、具体的にどんなところが“聖”にあたるとお考えですか?

やはり「人が人を愛する気持ち」でしょうか。今回の作品は「恋愛ミステリー」で、複数の恋愛模様が出てきます。1人の女性をめぐって何人もの男性が思いを寄せたり、すれ違う心の切なさがあったり。一途な思いは胸を打つと思います。 愛するということが、単なる惚れた腫れたではなく、命を投げ出すほどの重みを持った、深い感情として迫ってくるようにしたいです。

逆に永井さんの考える“俗”はどんなことなのでしょう?

「自分が得をしたい」という気持ちからくる「ずるさ」かな。こっそり利益を得たいという思惑が見つかってしまった時に、潔く認めるのではなく、理由をつけて正当化しようとする。そういった態度に“俗”を感じます。 そして“俗”同士のやり取りの中で、生き延びるために誤魔化したり、不誠実な態度を取ったり、そうした振る舞いが、時に笑いを生み出すんです。これは、普段の私たちの生活の中にもいっぱいあると思うんですよね。

そういった“聖”と“俗”の対比が書かれているんですね。

最初から聖なる人と俗にまみれた人がいるわけではなくて、生きていく中で変化していくものですよね。人と人との関わりや出来事によって、人格の中に聖なる美しいものが現れたり、その逆に、聖なるものが俗にまみれてしまったりする。そうした変化を劇中でどう表現できるか。それが勝負どころですね。

「上手くいかない理由探し」は脚本作りでも演出でも大事

脚本だけでなく、演出も手がけていらっしゃいますが、演出をする時にはどのように役者さんと向き合っていらっしゃいますか?

昔は、ちょっとでも表現に気に入らないところがあると細かく指摘して、「千本ノック」と言われた記憶があります。私もあれから試行錯誤を重ねて、あのような千本ノックは、もうしません(笑)確かに今でも細かいとは言われますが、こちらから一方的に指示を出すというよりは、役者さんと対話することが重要だと思うようになったんです。役者さんがやりにくそうにしていたら、なぜやりにくいのかを聞いてみる。そこに解決の鍵があると考えるようになりました。

これは、戯曲を書くときの自分自身の経験からきています。書き詰まったとき、強引に前に進めようとすると、どんどんつまらないことを書いてしまう。そんなときは、書き詰まったところに立ち戻って、「どうしたの? 何がやりにくい?」と自分に聞いてみる。思わぬ答が返ってきて、つまずきの原因がわかり、解決策が見つかることがある。上手くいかないのには、必ず何かの理由がある。それを聞き出すことが大事だと思うようになりました。

作品を通してメッセージを世界に発信したい

原作を元に脚色をする脚本づくりと、永井さんがゼロからシナリオを作る脚本づくりでは、どんな違いがありますか?

笑っちゃうんですけど、私は二兎社をはじめたばかりの頃から、全世界に向けて作品を発表しているつもりでいました。お客さんがそんなに来ないとわかっていても、それぐらいの気構えでいないと、センスのいい観客に届く作品は創れないと気張っていたんです。そういう意味では、オリジナルも脚色も私にとっては変わりません。けれど、ロシアによるウクライナ侵攻など、最近の世界情勢を前にして、今の時代に自分は何を書くべきなのかと悩みました。これまで私は、時代の空気や社会の様相を喜劇的な形で描いてきました。でも今、その手法が有効かどうかわからなくなってしまって。今回は普遍的な視点を持つチェーホフの原作に、今の自分を託してみようと思いました。

本作にはどのようなメッセージが込められていますか?

今回の原作は、若く貧しかったチェーホフが、お金のために書いた小説だと言われています。それでも彼は、実生活で出会った人々を渾身の力で作中人物へと昇華させ、当時のロシア社会を見事にリポートしていると思うんです。私も劇作家として、自分の生きた時代をリポートしたい。チェーホフの力を借りながら、今に通じる人間の姿が描けたらと思います。

今回の作品はあらすじを予習していくべきでしょうか?

犯人が誰かという一点だけを楽しみにされる方は、予習せずに観ていただく方がいいかもしれません。もちろん、原作を読まずに観に来られても楽しめるように書いています。

ただ、この物語の魅力は「犯人が誰か」だけにとどまりません。面白い仕掛けが色々ありますので、原作を読んでから観ても大丈夫です。ロシア文学ならではの覚えにくい名前もたくさん出てきますから(笑)、あらすじや登場人物をざっくり頭に入れておくと、より舞台を味わいやすくなるかもしれませんね。

「あなたが劇場にいること」で作品が完成する

最後に舞台鑑賞初心者の方へメッセージをお願いします。

映像作品は、観る時にはもう完成していますよね。だから誰が見に行こうと、作品は変わらない。でも舞台は違います。「あなたが劇場にいること」そのものが、作品を変える力を持っているんです。客席の一人一人が、観客という集合人格の一員となって、その日の空気をつくっている。実際、観客の反応や集中力によって、舞台のテンポやエネルギーは微妙に変わります。 たとえば、もし観客全員が眠っていたら、どうなるでしょう? 舞台に注がれるエネルギーが足りなくなって、絶対にうまくいかなくなると思います。舞台に集中しているときの静けさと、寝ているときの静けさの違いは、役者にちゃんと伝わります。たとえ、観客の顔が見えていなくても。観客が乗ってくれると、役者の中に不思議な力が湧いてきます。あなたが視線を向け、舞台に参加してくれることが、作品に命を与えているんです。

舞台は“鑑賞”ではなく“体験”だと思っています。客席と舞台に分かれているように見えても、実は同じ空間を共有しているわけですから、その場に立ち会うことで互いに引力が生じます。そこで心を動かされた舞台は一生忘れられない、人生の大切な体験になると思うんです。誰かがそんな時間を過ごしてくれることを願いながら、私も日々台本を書いています。ぜひ、そんな体験をしに来てください。

プロフィール

永井 愛(ながい あい)

劇作家・演出家。二兎社主宰。「言葉」「習慣」「ジェンダー」「家族」など、身辺や意識下に潜む問題をすくい上げたり、メディアの自粛・忖度・自己規制を扱ったりするなど、現実の生活や社会に直結したライブ感覚あふれる劇作を続けている。演出面でも、リアルな装置による写実的なものから抽象的な構成舞台まで、様々に趣向を変え、常に演劇的冒険を心がけてきた。主な作品に『ザ・空気』『ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ』『ザ・空気 ver.3 そして彼は去った…』『歌わせたい男たち』『こんにちは、母さん』『見よ、飛行機の高く飛べるを』『ら抜きの殺意』など。紀伊國屋演劇賞個人賞、鶴屋南北戯曲賞、岸田國士戯曲賞、朝日舞台芸術賞秋元松代賞、芸術選奨文部科学大臣賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞、毎日芸術賞などを受賞。

公演情報

公演名 二兎社公演49『狩場の悲劇』
日程・会場 【東京公演】
2025年11月7日(金)~19日(水)
紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

【埼玉公演】
2025年11月1日(土)
富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ

2026年1月17日(土)~1月18日(日)
所沢市民文化センター ミューズ

【山形公演】
2025年11月22日(土)
荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

2025年11月24日(月・祝)
川西町フレンドリープラザ

【滋賀公演】
2025年11月29日(土)
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

【長野公演】
2025年12月3日(水)
まつもと市民芸術館

【石川公演】
2025年12月6日(土)~12月7日(日)
能登演劇堂

【福岡公演】
2025年12月13日(土)~12月14日(日)
J:COM北九州芸術劇場

【愛知公演】
2025年12月17日(水)~12月18日(木)
メニコン シアターAoi

2025年12月20日(土)~12月21日(日)
穂の国とよはし芸術劇場PLAT

【香川公演】
2025年12月25日(木)
レクザムホール(香川県県民ホール)

【岡山公演】
2025年12月27日(土)
岡山芸術創造劇場 ハレノワ

【兵庫公演】
2026年1月4日(日)
兵庫県立芸術文化センター

【宮城公演】
2026年1月7日(水)
えずこホール(仙南芸術文化センター)

【茨城公演】
2026年1月9日(金)~1月10日(土)
水戸芸術館ACM劇場

【岩手公演】
2026年1月12日(月・祝)
盛岡劇場

※チケットのお問い合わせは各会館へお願いいたします。
Webサイト https://nitosha.com/nitosha49/
公演に関するお問い合わせ 二兎社
TEL:03-3991-8872(平日10:00-18:00)
FAX:03-6915-8022
E-Mail:seisaku © nitosha.net
※ご連絡頂く際には、 © 部分を @ に変えてお送りください。
※メールでのチケット申し込みは受け付けておりません。

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