2025年7月に新国立劇場で上演される『消えていくなら朝』。作・演出を務める蓬莱竜太さんと、応募者2,090人のオーディションを経て主人公役に抜擢された俳優・関口アナンさんにインタビュー! この作品は、蓬莱さん自身とご自身の家族をモチーフにして書かれた物語で、蓬莱さん本人を投影した「定男」役を関口さんが演じます。お二人に、観劇のポイントや作品作りの裏側、初観劇におすすめの本作の見どころについて、お話をうかがいました。
観る人によって切り取り方が違う、特別な作品に
初心者向けに、演劇の楽しみ方のポイントを教えていただけますか?
関口さん:初めて観に行く時って、誰かに誘われたり、好きな俳優が出ていたりすることがきっかけになることが多いですよね。映画とかドラマと違って、舞台は同じ空間に演じる役者とお客さんがいて1つの作品になると思うので、ライブであることや“一緒に作品を作っている感覚”みたいなものを楽しんでもらえたらいいなと思います。
観ていて自分が面白いと思ったら声を出して笑っても全然いいんです!(笑)いろんな人が集まっている空間で、緊張してしまうかもしれないけど、目の前の舞台の好きなところを見て、お客さんなりに楽しんでもらうのが一番いいんじゃないかなと僕は思います。
蓬莱さん:初めて演劇を観た人の感想でよく聞くのは、「この体験を今までしてこなかったんだと思うと、もったいなかったな」という声です。映像では絶対得られない臨場感とかスリル感っていうのは、演劇ならではだと思います。
映画は、見せたいものにカメラマンが視線を誘導するので、見るべきものが用意されているものですけど、演劇はお客さんがカメラマンになるというか。お客さんが自分自身で寄ったり引いたり、ある登場人物に注目したり、スイッチングを自分でできるという面白さは、演劇にしかないことだと思います。
そして、その作品がどんな物語かという受け止め方は、人によって違う。きっと観る人の環境とか、人生とか、今どういう恋愛をしているとか、どういう仕事をやっているとか、そういうことが(受け止め方に)すごく関わってくると思うんです。つまり、自分だけの特別な作品になるっていうのは、演劇のすごく面白いところかなと思いますね。
「またどこかで仕事をしたいな」と思える人に出会えた企画
一般的に、舞台作品のキャスティングはどのような流れで行われるのでしょうか?
関口さん:劇団の場合は、劇団の中で話し合って俳優にオファーする、制作プロダクションや劇場主催の公演の場合は、プロデューサーやキャスティング担当がオファーする、というケースがあると思います。それで条件があえば出演が決まる、という流れが一番多いと思います。
一方で、小劇場系の公演では、共演した役者さんたちとのつながりで、「今度いつ空いてる?」っていう感じでどんどん(次のキャスティングの)話が広がっていくというケースもありますね。
通常の流れと比べると、今回のように全員をオーディションで選ぶフルオーディション形式は珍しいのでしょうか?
蓬莱さん:そうですね。とても珍しいし、面白い試みだと思っています。この(新国立劇場の)規模で有名性・無名性関係なく全員をオーディションで選ぶっていうのは、日本においてはなかなか無い企画だと思います。
実際に選考する側になると、全体のバランスを見て配役を決めていくのが、とても難しかったですね。ある一人の役を決めた場合、「だったら他の役はこういう人がいいな」とか。
選考で、お一人だけで見ると素晴らしい俳優だけど、他の役とのバランスで残念ながら今回ご一緒できなかった方たちもいました。今回のフルオーディションは、ここ(新国立劇場)で舞台に立ったことがない、経験の少ない俳優にとっても劇場に触れる稀有な機会だったと思いますし、僕にとっても「またどこかで仕事をしたいな」と思う人をたくさん知ることができて、すごく意味がありました。
演出家と役者で脚本の“良さ”と“弱点”をディスカッション
本作は、蓬莱さんが作(脚本)・演出の両方を手掛けていらっしゃいますが、それをどのようにお考えですか?
蓬莱さん:このケースは日本では割とよくありますが、海外では珍しいんです。本来「作(脚本)」と「演出」は分かれているもので、そこには意味もあるんです。
僕が「作・演出」を手がける時に一番難しいと思うのが、「自分の脚本に対する客観性」を持つことです。脚本と演出が別の場合は、演出家と役者が脚本に対して「ここを見せ場にしよう」とか「ここの話に厚みがない」など、脚本の良さと弱点を共有できるのですが、「作・演出」が同じだと、役者が演出家の前で、脚本に指摘しづらいんですよね。だから、自分で厳しく見なきゃいけないなと思っています。
ただ、いいこともあります。「ここはこういう解釈をしてほしい」とか「こういう思いで書いている」とかをすぐに役者に伝えられる。あとは、役者からの質問を受ける中で「自分の考えが凝り固まっているのかな」とか「役者がそういう考え方をしているならその方がいいんじゃないか」とか、お互いにディスカッションしながらセリフを変えることもでき、その場でスピード感をもって作品にメスを入れられる。自分の脳内の世界をわりと柔軟に変更できるのも、「作・演出」のメリットだと思います。
関口さん:稽古場で、脚本について役者から質問があっても、蓬莱さんがすぐさま真摯に答えてくれるので、すごくありがたいですね。
稽古中の今も、上手くいっていないと感じた部分や、セリフの解釈についてもすぐに聞けますし、蓬莱さんも役者と同じ目線に立って、ものすごく丁寧にわかりやすく説明してくださいます。そういう意味で今とてもいい環境だなと思いますね。
喜劇でもあり悲劇でもあり、ホラーでもある
今回の作品『消えていくなら朝』はどんな作品でしょうか?
蓬莱さん:これは僕の唯一の私的な作品で、自分の家族のことをモチーフに書いているんですよ。主人公の「僕」が久しぶりに実家に帰省して、家族に「この家族の話を演劇にしようと思う」ということを伝えたところからひずみが生まれ、家族の輪郭があらわになり、家族が丸裸になっていく…というような一夜の話です。
家族のことを「上演すべきだ/すべきでない」っていう会話もある中で、でも観客はすでに上演されているその作品を観ているっていう、不思議な感覚になる仕掛けもあるんですよね。
ずっと家族が会話をしているのですが、喜劇でもあり悲劇でもあり、ホラーでもあるっていう。感情が刻一刻と変わる、ジェットコースターのようなスリリングな作品です。
関口さんが演じるのはどのような役ですか?
蓬莱さん:それ、つまり俺の話になるね(笑)
関口さん:だから(僕が説明するの)難しいんですよね(笑)
僕が演じるのは、あることをずっと胸に秘めている「僕」という人間です。パッと見は家族の中でもバランスを取っているというか、お調子者だけど視野が広くて、普段であれば兄弟や親を一番客観視しているような人なんです。でも、「この家族の作品をやる」と言ったところから、ちょっとずつほころびが出始める。『消えていくなら朝』の中での定男(僕)は…うーん…言っていいのかな(蓬莱さんの様子をうかがいつつ)
蓬莱さん:いいよ、言いなよ。自分のこと悪く書いてるんだから(笑)
関口さん:…ヘンクツなやつなんですよ(笑)
人がよかれと思ってやった行為を、なぜか悪い方に受け止めてしまい、それがまた別の家族の逆鱗に触れたりしてしまうんですよ。それって、作家として“ナナメに見ている”っていうキャラクターじゃないと、起こりえない。定男がどこで何を思って「あ、今ちょっとこの人ナナメになったな」という部分を観てほしいですね。
『消えていくなら朝』を観る方に向け、最後にメッセージをお願いします!
蓬莱さん:役者が会話を生で繰り広げているという意味では、ものすごく基本的な演劇です。最もオーソドックスな演劇でもあるけれども、最も演劇の深みや面白さも感じられる作品だと思うので、観劇初心者の人が最初に見るべき作品なのではないかと。演劇の面白さを、全部ひとまとめで味わえるんじゃないかなと思っています。
関口さん:この作品は、物語の中の時間と観ているお客さんの時間軸が同じで、一緒に流れていきます。リアルタイムで楽しめるっていうのは、見やすさ・感じやすさがあって演劇体験の一歩目としては、すごくいいんじゃないかなと思います。
蓬莱さん:あ、あと、人の家をのぞき見するって、普段だったら違法なことを合法でやれるってすごく楽しいことですよね(笑)。さっき(関口)アナンが言ったように同じ時間軸で進むから、本当にのぞき見と同じ感覚があって、娯楽として面白い作品だと思います。
ぜひ演劇が好きじゃなくても、のぞき見が好きな方にも(笑)観ていただきたいと思います!
プロフィール
蓬莱竜太(ほうらい りゅうた)
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関口アナン(せきぐち あなん)
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公演名 | 消えていくなら朝 |
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日程 | 2025年7月10日(木)~7月27日(日) |
会場 | 新国立劇場 小劇場 |
Webサイト | 消えていくなら朝 | 新国立劇場 演劇 |
公演に関するお問い合わせ | 新国立劇場ボックスオフィス 03-5352-9999 (10:00~18:00/休館日を除き年中無休) |