舞台作品というと、真っ先に脚光を浴びるのはキャストたちかもしれません。 しかし、物語の原点を生み出すのは「劇作家」の存在です。劇作家とは、舞台の脚本を書く専門家であり、ストーリーの構成、キャラクターの造形、セリフの一つひとつを紡ぎ出す役割を担っています。
では、劇作家の仕事とは具体的にどのようなものなのでしょうか? この記事では、その仕事内容や求められること、演出家との違いなど詳しく解説していきます。
劇作家とはどんな仕事?演出家との違いは?
まずは「劇作家」の仕事内容について詳しく紹介します。 兼業することの多い「演出家」との役割の違いや、関係性も見ていきましょう。
「物語」を生み出す仕事
劇作家は、舞台作品の脚本を執筆する人です。 オリジナル作品を生み出すこともあれば、原作を舞台用に脚色することもあります。原作と一口に言っても、古典作品や映画、小説、歴史的な実話など様々なパターンがあります。そのため、作品によって求められる視点やアプローチは異なります。しかし、どんな物語も楽しめるように作り上げるのが劇作家の仕事です。
そして劇作家は、単に想像力だけで物語を作るわけではありません。徹底した調査や日々のインスピレーションの蓄積も大切です。 作品のテーマや時代背景に関する資料を集めてセリフに活かしたり、日常の中での細かい人間観察からシーンを着想したりと、あらゆる場面での情報収集が作品に活かされます。
舞台づくりにも寄り添う存在
劇作家の仕事は、物語を書き上げたら終了というわけではありません。演出家やキャストたちの稽古にも積極的に参加し、必要に応じて脚本の内容を調整します。 稽古の中で、演出家たちから意見をもらったり、キャストの演技を見たりすることは、作品を作った劇作家にとっても新たな視点が得られる機会なのです。 リアルタイムで作品を磨き上げていくことになるため、舞台作品ならではの臨機応変な対応力や柔軟性が求められる場面と言えます。
演出家との違い
劇作家とよく混同される存在に「演出家」があります。 演出家とは、劇作家が書いた脚本を「どのように見せるか」を決める役割を持ちます。美術や照明、音響、キャストの動きなどの全体を取りまとめ、劇作家の意図をくみながら具体的な演出を考えていく仕事です。 つまり、劇作家は”物語自体を作る人”、演出家は”物語の見え方を作る人”、という役割の違いがあります。
とはいえ相互で連携が必要な部分も多く、一人で劇作家と演出家を兼ねる場合も少なくありません。 兼務する場合は、作りたい世界観をより濃く反映できる良さがあり、一方分業の場合は、それぞれの専門性がより際立つというメリットがあります。
劇作家に求められること
劇作家の仕事内容に興味が湧いた方も多いのではないでしょうか。 彼らには、単に台本を書く技術だけでなく、観客の心を動かすためのさまざまな工夫や姿勢が欠かせません。ここでは、劇作家として求められることをいくつかご紹介します。
物語を創造する力
最も重要なのは、人の心をつかむ「物語」を紡ぐ力です。舞台は映画や小説のように細かい映像表現や複雑な内面描写に頼ることができません。その分、セリフや登場人物の行動を通して、わかりやすく、そして深く物語を伝える必要があります。 構成の起承転結はもちろん、登場人物の感情の起伏の描き方や、世界観を醸成する雰囲気づくりなど、多角的に物語全体を設計する必要があります。
舞台演出を想定した表現力
劇作家は、脚本を執筆する段階から舞台上での演出を想定することが求められます。 映画のように場面の切り替えやCGを使った編集ができない舞台では、セリフや演出で空間・時間の変化を表現する工夫が求められます。 たとえば、登場人物の関係性を一言のセリフに凝縮する、空間の変化を舞台セットやキャストの動きで表現するなど、制約を逆手に取った工夫が必要です。
視覚に頼りすぎないからこそ、観客の想像力を引き出す「余白ある表現」が劇作家には求められます。
その他求められること
他のクリエイターとの協働力
作品の上演に向けて、演出家やキャスト、美術、照明、音響など、さまざまな分野のクリエイターと協力する場面が数多くあります。 キャストの声や動きを見ながらセリフを調整したり、演出家のアイデアを取り入れてシーンを再構成したりと、柔軟な姿勢と対話力が求められます。
自己管理力
劇作家は、作品づくりのはじめの一歩の役割を担います。つまり脚本が完成しないといつまで経っても周りが動き出せず、全体の進行に遅れが出てしまいます。 また、多くの関係者とのやりとりが必要になるため、信頼を築くためにも自己管理を徹底する必要があります。
舞台は「総合芸術」と言われる通り、ひとりでは決して完結しません。劇作家にも、チームの一員として作品づくりに関わる姿勢が不可欠です。
「劇作家」と「劇団」の関係性
ここまで、劇作家の仕事内容を細かく見てきました。実は劇作家は、劇団を主宰し演出やプロデュースまで担うケースも多くみられます。 この章では、劇団との関係を通じて見えてくる劇作家の多面的な役割について紹介します。
劇団を主宰することの多い劇作家
日本の演劇界では、劇作家が自身の創作を実現する場として劇団を立ち上げることもあります。 脚本を自分で書くだけでなく、演出やキャスティング、作品全体のコンセプトづくりにも深く関わるため、劇団を持つことで表現の自由度が高まるからです。
また、継続的に作品を発表できる環境を自ら整えることで、劇作家としてのスタイルを築きやすくなるというメリットもあります。
代表的な劇団と主宰の劇作家には、以下のような例があります。
野田秀樹 主宰:NODA・MAP 言葉遊びと演劇性に富んだ作品で知られる。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ 主宰:ナイロン100℃ シニカルな笑いや社会風刺を取り入れた作風が特徴。
松尾スズキ 主宰:大人計画 風刺的でありながらもコミカルな作風。劇団員は個性派ぞろいで、テレビや映画などマルチな活躍で人気。
これらの劇作家は、脚本・演出だけでなく、劇団運営やプロデュース業務にも関わりながら、独自の表現世界を築いています。
著名な劇作家
最後に、知っておきたい、国内外の著名な劇作家をご紹介します。 詳しくは別の記事でもご紹介しているので、気になる方はぜひご覧ください。
海外の有名な劇作家
アーサー・ミラー 特徴:アメリカ社会の矛盾と個人の葛藤を描いた骨太な作風。 代表作:『セールスマンの死』/『るつぼ』
テネシー・ウィリアムズ 特徴:繊細な心理描写と、抑圧された欲望を詩的に表現。 代表作:『欲望という名の電車』/『ガラスの動物園』
ハロルド・ピンター 特徴:不穏な沈黙と対話の間(ピンター・ポーズ)を通じ、緊張感のある人間関係を描写。 代表作:『管理人』/『帰郷』/『誕生日パーティー』
日本の有名な劇作家
三島由紀夫 特徴:日本的美意識と思想性を融合させた文学的な戯曲。 代表作:『近代能楽集』/『鹿鳴館』/『サド侯爵夫人』
井上ひさし 特徴:ユーモアを交えつつ歴史や社会問題を風刺。 代表作:に『日本人のへそ』/『父と暮せば』/『人間合格』
野田秀樹 特徴:言葉遊びの効いた台詞と身体表現を交えた現代演劇。 代表作:『贋作 桜の森の満開の下』/『赤鬼』/『パンドラの鐘』
ケラリーノ・サンドロヴィッチ 特徴:音楽や笑い、ポップカルチャーを巧みに取り入れた独創的な舞台表現。 代表作:『キネマと恋人』/『消失』/『修道女たち』
松尾スズキ 特徴:笑いと狂気と切なさを融合させた、破壊力のある人間ドラマ。 代表作:『キレイ―神様と待ち合わせした女―』/『ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~』
彼らの多くに共通しているのは、脚本だけでなく演出家としても第一線で活躍しているという点。劇作家でありながら、自分の手で舞台を立ち上げるスタイルは、観客にとっても作家性を強く感じられる魅力のひとつです。
まとめ
劇作家の仕事は奥が深い!
この記事では、劇作家の仕事や必要なスキル、劇団との関係について紹介してきました。
一番の仕事は物語を作り上げることであり、舞台という場所ならではの工夫や想像力が求められることが特徴です。そして脚本が出来上がっても様々な関係者と協力しながら、より舞台を良くする姿勢が必要になります。 また、同時に演出を担う劇作家も多く、劇団を主宰しながらユニークな作品を世の中に送り出し続けています。
セリフや展開にも注目!
次に舞台を鑑賞する際は、セリフの繊細な言い回しや、物語がどのように展開していくのかにぜひ注目してみてください。劇作家ならではの工夫から作品の奥深さや意図が見え、きっとまた一味違った楽しみ方ができるでしょう。
また、お気に入りの劇作家が見つかったら観劇をより楽しめるはずです! 本記事でご紹介した内容を踏まえ、ぜひ「劇作家」という切り口で観劇を楽しんでみてください。