ミュージカルの醍醐味といえば、シーンに合わせた、劇中歌。
音楽に合わせて綴られた歌詞に、心打たれる方も多いのではないでしょうか?
そんなミュージカルにおいて重要な役割を担う歌詞ですが、日本で観る海外ミュージカルの歌詞には「訳詞」が欠かせません。
海外ミュージカルを支える「訳詞」のお仕事を通して、心打たれるミュージカルの裏側をのぞいてみましょう。
そもそも「訳詞」とは?
「訳詞」という言葉には、2つの意味があります。
① 外国語の歌詞を翻訳し、日本語での解釈を伝えること
具体例として、海外アーティストのCDアルバムの国内盤に付いている解説などがあてはまります。
② 外国語の歌詞を翻訳し、メロディに合わせて日本語歌詞をつけること
具体例として、日本語吹替版の映画やミュージカル、洋楽の日本語歌詞でのカバーなどがあてはまります。
今回の記事では、②のミュージカルの音楽に合わせて日本語の歌詞をつけていく「訳詞」についてより詳しく解説していきます。
ミュージカルにおける訳詞
ミュージカルは大きく分けて2つのパートで構成されます。 キャストの台詞で物語が進行していく「芝居」のパートと、音楽に合わせてキャストが歌い、物語が進行する「歌」のパートです。
芝居も歌も外国語から日本語に訳しますが、芝居の台詞を日本語に訳すことを「翻訳」、歌のパートを訳すことを「訳詞」といいます。
では、「翻訳」と「訳詞」はどんな関係なのでしょうか?
一番大きな違いは、「翻訳」は外国語から日本語に変換する全ての作業を指すのに対し、「訳詞」は、メロディに合わせて日本語を当てはめる作業を指します。 これは非常に難しく地道な作業です。
具体的にどんなところが難しいのか、次の項目で見ていきましょう。
元の外国語の歌詞と日本語訳詞はどう違う?
海外ミュージカルにおいて、元の外国語の歌詞を原詞と言います。
原詞と訳詞はどのように違うのでしょうか?
ここではアナと雪の女王の楽曲『Let It Go』を取り上げて説明していきます。
有名なサビの部分に注目して、
①英語で書かれた原詞
②原詞を和訳したもの
③日本語訳詞
を比較してみましょう。
お気づきでしょうか? 訳詞においては、原曲の発音と日本語の歌詞の発音が一致するように工夫されています。 日本語は、同じ尺の中で外国語よりも伝えられることが少ない言語です。 訳詞の作業では、外国語の歌詞から何が大切なメッセージなのかを読み取り、メロディに当てはめていくことが重要なのです。
訳詞家の仕事とは
翻訳と訳詞は同じ人が担当する場合も、訳詞を音楽の専門知識を持つ別の人が務める場合もあります。 ミュージカルの日本語の歌詞ができるまでの、訳詞家の仕事のプロセスは以下のとおりです。
①台本を読み込み、作品の全体像を把握
↓
②訳詞の叩き台を作成
↓
③演出家、音楽監督らと訳詞検討
↓
④日本語訳詞完成、台本・楽譜の印刷・製本
↓
⑤歌稽古スタート
↓
⑥本番
それぞれのプロセスについて解説していきます。
①台本を読み込み、作品の全体像を把握
外国語で書かれた台本の原本を読み込み、作品の全体像を把握します。 物語の中で出てくる楽曲がどのような場面で流れるのか、どのような意味を持つのかを理解することが、一つ一つの言葉を訳す際に重要になります。
②訳詞の叩き台を作成
全体のストーリーを踏まえて、外国語の歌詞を日本語に訳し、メロディに当てはめていきます。 音楽の構成を理解した上で、メロディの切れ目と歌詞の切れ目を合わせたり、曲の山場と歌詞の山場を合わせたりしていきます。 また、日本語の持つイントネーションとメロディに違和感がないかどうかも意識しながら適切な言葉を見つけ、パズルのように当てはめていく作業です。
③演出家、音楽監督らと訳詞検討
訳詞が一通り完成したら、演出家や音楽監督などクリエイター陣と訳詞検討会を行います。ここでは、楽譜通り歌える人を招き、音楽監督や歌唱指導者とともに語感や歌詞のはめ方を議論しながら、メロディにあった歌詞になるよう調整していきます。
また、このタイミングで海外の脚本家も同席し、翻訳や訳詞を確認する場合もあります。この時には完成した日本語の歌詞を外国語に翻訳し直した「逆翻訳(バックトランスレーション)」が重要になります。前述の「元の外国語の歌詞と日本語訳詞はどう違う?」の章で説明したように、日本語は外国語に比べて、同じ尺でも伝えられる情報量が少ない言語です。逆翻訳を元にして海外の脚本家に、大事なメッセージが伝わっているか、意味が変わってしまっていないかを確認します。
④日本語訳詞完成、台本・楽譜の印刷・製本
原作の脚本家など、作品の権利者から承諾が得られて、ようやく日本語の歌詞が完成! 脚本部分と合わせて印刷、製本され、稽古前にキャストに届けられます。
⑤歌稽古スタート
稽古がはじまって以降も、新たな発見があった時には、細かな改善を重ねます。訳詞家自身が立ち会い、俳優から提案を受けて、歌詞の変更をすることもあります。
⑥本番
こうした多くのプロフェッショナルたちの試行錯誤によって、公演本番でお客様のもとに届く音楽が完成します。
ミュージカルを彩る劇中歌には、訳詞家の細かなこだわりがたくさん詰め込まれていることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
海外ミュージカルを観る際には、ぜひ訳詞にも注目してみてくださいね!
なお、今回ご紹介した「訳詞」と「翻訳」の仕事をされている土器屋利行さんへのインタビュー記事を掲載しています。「翻訳・訳詞」のお仕事をはじめたきっかけやこだわりをお話しいただいていますので、ぜひチェックしてみてください!
magazine.recri.jp
参考文献
『audience』『無理難題な制限を乗り越えて…こだわりの詰まったミュージカル訳詞の世界』 https://engeki-audience.com/article/detail/4474/
『TRANSLATOR’s』『歌詞の解釈は一つじゃない聴いた人が思いを広げられるように翻訳したい』 https://www.fellow-academy.com/translators/persons/kanekomichiru/
『audience』『無理難題な制限を乗り越えて…こだわりの詰まったミュージカル訳詞の世界』 https://engeki-audience.com/article/detail/4474/
『OshiKra』『本当に大切なのは“英語力”より“日本語力”~ミュージカル「訳詞」のお仕事 ー高橋 亜子さん(後編)ー【連載】推し事現場のあの仕事 #003』 https://www.felissimo.co.jp/oshikra/6638/?iid=p_oa_detail_reco_6638
『梅田芸術劇場note』『ミュージカル『VIOLET』日本語版ができるまで~翻訳・訳詞家にインタビュー!~』https://note.umegei.com/n/ncaeeb7badd00